札幌地方裁判所 昭和63年(ワ)162号 判決
(抄録)
「一 リース契約の成立について
1 Y1が本件契約の申し込みをした事実は、当事者間に争いがない。
2 民法は、契約の成立時期についていわゆる発信主義をとり、承諾の通知を発したときに契約が成立するとしている(五二六条一項)が、他方、承諾の期間を定めた契約の申し込みは、右期間内に承諾の通知を受けないときは効力を失うとしている(五二一条二項)。
そこで、本件契約の成立についてみると、甲第一号証(本件契約書)及び第四号証(本件契約と同一内容のリース契約の契約書式)によれば、本件契約の申し込み書及び契約書の裏面に印刷された契約条項の第一条において、Xから契約書記載の初回金支払予定日までに承諾の通知のあった時は、契約が成立する旨定められていることが認められるところ、右条項は、本件契約の申し込みが初回金支払予定日までの承諾期間を定めたものであることを規定したものと解すべきであり、したがって、本件契約の成立には右期間内に承諾の意思表示がY1に到達することを要するものと解するのが相当である。
そして、甲第一号証及びY1本人尋問の結果によれば、Y1は、昭和六〇年八月当時、本件契約書にY1の住所として記載されている岩手県○○市○○○町○○番地において営業を行なっていた事実が認められるところ、甲第二号証(Y1あてのお引受け通知書控)及び甲第八号証の1(Y1あての昭和六一年九月一九日付契約解除ならびに規定損害金請求書)によれば、Xが昭和六〇年八月二六日に右営業所所在地あてに本件契約の承諾通知を発信した事実が認められ、したがって、右通知は、特段の事情のない限り、承諾期間(甲第一号証によれば、昭和六〇年九月二〇日まで)内にY1に到達したものと推認されるのであり、右推認を覆すに足りる証拠はない。
3 以上によれば、昭和六〇年八月二六日に本件契約が成立した事実が認められる。
二 リース物件の引渡しについて
1 甲第一号証、第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、本件契約は、Y1がMとの間で導入を決定した目的物件について、XがMから買い受けてその所有権を取得したうえでY1に使用させ、これに対してY1がリース料を支払うことを内容とするものであることが認められる。このような契約は、いわゆるファイナンスリースに該当するものと解される(但し、後記のとおり、物件借受証の交付によるリース物件引渡しの確認手続をとらない点において、典型的なファイナンスリースと異なる点を有する。)ところ、ファイナンスリースにおいては、リース会社とユーザーとの法律関係は、基本的には賃貸借であると解されること、また、実質的にも目的物件の一定期間の使用権の取得とリース料とが対価関係にあると解されることからすると、リース契約は両者の合意のみによって成立するが、ユーザーが目的物件の引渡しを受けることによって契約の効力が発生し、ユーザーはリース会社に対してリース料支払義務を負うものであり、目的物件の引渡しがないときは、ユーザーはリース料支払義務を負わないと解するのが相当である。
本件契約において、ユーザー(Y1)は、目的物件の完全な状態での引渡しを確認したうえで初回金を支払うべきものとされ、リース会社(X)は初回金の支払をもって引渡しを確認し、リース契約を開始するとしている(甲第一号証、第二号証、第四号証)のも、ファイナンスリースについて右に述べたところと同様、目的物件の引渡しを契約の効力発生要件としている趣旨であると解される。
2 引渡しの有無
そこで、本件において、目的物件の引渡しの有無について検討するに、目的物件がY1に引渡された事実を認め得る的確な証拠はない。
もっとも、本件契約においては、前示のとおり、Y1は、目的物件の完全な状態での引渡しを確認したうえで初回金を支払うべきものとされ、Xが初回金の支払によって目的物件の引渡しの事実を間接的に確認するしくみになっているところ、甲第三号証によれば、Xは、昭和六〇年九月二一日にY1から初回金の入金があったとして経理処理をしている事実が認められる。しかしながら、甲第一七号証によれば、初回金の振込先は、契約書及びお引受け通知書に振込先として記載されている北海道拓殖銀行本店営業部のXの口座ではなく、住友信託銀行新橋支店の口座であることが認められるところ、右口座をY1が知っていたと認められる証拠はない。また、甲第一八ないし第三二号証及び弁論の全趣旨によれば、Y1が支払うべき昭和六〇年一一月から昭和六一年六月までの八回分のリース料は、MのコンピュータについてXとリース契約を締結した他の契約者のリース料と一括してMから同社の名でXの預金口座に振込入金されている事実が認められるのであり、右事実をも併せて考えると、初回金の入金も同様にMによって同社の名で行なわれたものと推認される。このように、初回金の入金がY1自身の手によって行なわれたものでない以上、初回金入金の事実から目的物件の引渡しの事実を推認することはできないものというべきである。
3 引渡しの主張と信義則
ファイナンスリースにおいて、目的物件の引渡しが契約の効力発生要件であり、目的物件の引渡しのないときは、ユーザーはリース料支払義務を負わないと解すべきことは前示のとおりであるが、目的物件の引渡しは、実際にはサプライヤーからユーザーに対して直接行なわれ、リース会社は引渡しに関与せず、したがって引渡しの有無を直接確認することができないのが通例であり、そのため、一般のファイナンスリースにおいては、リース会社は、物件借受証の交付によって引渡しの確認を行い、また、本件契約においては、これに代わるものとして、ユーザーの初回金の支払によって間接的に引渡しの確認を行なうこととされているのであるから、ユーザーがこのようなリース契約のしくみを悪用して、サプライヤーと通謀の上、目的物件の引渡しがないのに引渡しを受けたように装ってリース契約の申し込みを行なった等の事情のある場合には、ユーザーがリース会社に対して引渡しのないことを主張してリース料の支払を拒むことは、信義則上許されないものと解すべきである。
そこで、本件において、Y1が目的物件の引渡しのないことを主張することが信義則上許されないと解すべきか否かについて、以下検討する。
(1) 乙第二号証によれば、本件契約の目的物件であるミロクMS TOGETHERは、Mが昭和六〇年九月に導入を予定していたオフィスコンピュータの新機種であるが、コンピュータ本体(ハード)とともに導入する予定であったパッケージソフトウェアである「統合ソフト」の開発が遅れたため、右機種を目的物件として締結された多数のリース契約においてユーザーに対する物件の引渡しができなかったことが認められ、本件において引渡しがなされなかったのも同様の理由によるものと推認される。このような引渡し不履行の理由は、もっぱらサプライヤーであるMの責に帰すべきものであり、Y1はなんら関与しておらず、また、Y1が、本件契約時において、右のような引渡しのできない事情を知っていたことを窺わせる証拠もない。
(2) 甲第一二号証及びY1本人尋問の結果によれば、Y1は、昭和六〇年にMと特約店契約を締結し、Mのコンピュータの販売を行い、販売手数料を得ていた事実が認められるところ、Xは、Y1が特約店としてMとの関係が深く、目的物件の引渡しを容易に確認できる地位にあったとして、目的物件の引渡しがないというY1の主張が信義則違反であると主張している。
しかし、一方、乙第二号証によれば、Xは、Mの株主でもあり、同社と提携して、同社のコンピュータを導入した特約店やユーザーとの間で多数のリース契約を締結していた事実が認められる(Mの倒産によって、Xとこれら特約店・ユーザーとの間で多数の訴訟事件が発生していることは、当裁判所に明らかである。)。また、甲第一六号証によれば、Xは、本件契約及びこれと同種のリース契約にかかる目的物件について、初回金の入金を確認する前にMに対してその売買代金を支払っている事実が認められるが、ファイナンスリースにおいては、リース会社は、物件借受証により目的物件の引渡しを確認した後に売買代金を支払うのが通例であることと比較すると、右事実は、XとMとの間の、個々のリース契約におけるサプライヤーとリース会社という関係にとどまらない、緊密な提携関係を窺わせるものというべきである。そして、このような両者の関係に照らすと、前記のような目的物件の引渡しの不履行をもたらしたMの事情についても、Xは、Mの一特約店であるY1以上に知り、又は知りうべき状況にあったものと考えられる。したがって、MとY1との関係のみに基づくXの前記主張は失当といわざるを得ない。
(3) 本件契約においては、ユーザーによる初回金の支払をもってXが目的物件の引渡しを間接的に確認するしくみになっていたことは前示のとおりであるところ、Xは、Y1が初回金の支払をしたことをもって、目的物件の引渡しがないというY1の主張が信義則に反するとのXの主張の根拠としている。
しかしながら、Xに対する初回金の入金がY1からではなく、MからY1の名でなされたものであることも前示のとおりである。Xは、右入金がY1とMとの合意に基づいて行なわれたものであり、したがってY1の意思に基づいてなされたものであるから、Y1自身による入金と同視すべきであると主張するが、Y1とMとの間で、MがY1の支払うべき初回金を代わって支払う旨の合意があった事実を認め得る的確な証拠はなく(甲第一〇号証によれば、Y1とほぼ同時期に同じ機種についてXとの間でリース契約を締結した特約店とMとの間で、Mが販売促進費の名目で初回金を含めた六回分のリース料を代わって支払う旨の合意がなされた事実が認められるが、本件とはMによるリース料負担の期間を異にしており、右事実から直ちに本件においても同様の合意がなされたと推認することはできない。)、また、仮に右のような合意に基づいてMが初回金を支払ったものであるとしても、前示のXとMとの提携関係及びMによる初回金及びリース料の立替払が毎月、相当額に及んでいたこと(甲第一八ないし第三二号証によれば、MからXへのリース料の入金は昭和六〇年から六一年にかけて、毎月二〇〇〇万円にも達していたことが認められ、右事実もまた、XとMとの緊密な提携関係を窺わせるものといえる。)にてらすと、Xにおいても、Mによるリース料の立替払の事情について知っていたものと考えられる(仮にXが右事情を全く知らなかったとすると、目的物件の引渡しを履行すべきサプライヤーであるMが行なった初回金の入金によって、引渡しの確認ありと判断することは考えられないところである。)。
したがって、本件における前示の初回金入金の事実をもって、ユーザー自身が目的物件の引渡しのないことを知りながら自ら初回金の支払をした場合と同視することはできず、右事実を信義則違反の根拠とすることはできないものというべきである。
(4) 以上検討したところによれば、本件において、Y1が目的物件の引渡しのないことを主張して、リース料の支払を拒絶することが信義則に反すると解すべき理由はないというべきである。
4 本件契約の目的物件の引渡しがなく、したがって、Y1は、リース料支払義務を負わないと解すべきであることは前示のとおりであるから、リース料不払を理由とするXの解除(1)の主張は失当である。
また、Xは、Y1が目的物の引渡し確認義務を怠ったことを理由として本件契約の解除を主張するが、現に目的物の引渡しがなく、本件契約の効力は発生していないのであるから、契約解除原因としての引渡し確認義務を論ずる余地はないものというべきであり、右主張も失当である。
三 不法行為の主張について
Xは、Y1の本件契約の申し込み及び初回金・リース料の支払の行為が不法行為を構成すると主張するが、目的物件の不存在等のいわゆる「空リース」において事情を知りながらリース会社から目的物件の買取代金を詐取する目的でなされるリース契約の申し込みは不法行為を構成するものと解されるものの、本件契約において、Y1に右のような行為があったことを窺わせる証拠はなく、その他、これまでに認定した本件の事実関係において、Y1の行為が不法行為を構成すると解する余地はないものというべきであるから、Xの不法行為の主張は、失当である。
四 以上によれば、XのYらに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。」